​コリアン・ディアスポラ

​Korean Diaspora

冷戦期韓国政府と在日韓国人社会の相互関係の歴史的変容:

1950年代末から1960年代初頭の政情不安とディアスポラ

東アジア学会『東アジア研究』   第21号 pp.25-44   2017年3月  

 [査読有り][招待有り]

 在日韓国人社会に対する政策の不備や北送反対運動の失策は、在日韓国人社会の不信感を醸成し1959年自由党不信任決議の提出へと帰結した。この間、民主社会同盟(民社同)が韓国民主化と政権打倒を主張し資本主義とも共産主義とも異なる第三勢力として在日韓国・朝鮮人社会の政治空間の一角を占める。1960年の四月革命勃発後に民社同は解散するが、政府とディア スポラの関係性が崩壊寸前の状態に至り、関係性の再構築が求められた。

 その後、民主党政権を率いた張勉国務総理は、失墜した在日本大韓民国民団(民団)からの信頼回復を急ぎ、中小企業育成政策や教育支援費の増額等を実施し民団政策を拡充する。さらに、在日韓国人学生を対象にした本国政府招請奨学制度が拡張され、2,000名余りの大学卒業者を本国の官庁・銀行・ 教育機関等に受け入れる計画が推進された。

 しかし、1961年韓国で軍事革命が勃発し民社同の指導者であった権逸が民団団長に選出されると、政府とディアスポラの関係は新局面に移行する。朴正煕政権は統制と支援を織り交ぜ、在日韓国人社会内部では、権逸が政敵の排除や在日韓国学生同盟(韓学同)の組織再編に着手し、政治基盤の安定化に向けた活動が展開された。 結局、「国是の遵守」を掲げ結成された民団は、必ずしも創設期から政府に対する従順な与益者ではなかった。資本主義という政治理念を共有する在外組織であっても、時に矛盾や葛藤を内 包しながら利害調整や関係の復元が試みられたのである。

歴史学と概念的アプローチの統合:

北朝鮮帰国事業研究の系譜と規模変容問題の解明に向けた

試論的考察

福山市立大学 都市経営学部『都市経営』   

第10巻 pp.129-144   2018年2月

 本研究は帰国事業問題に関する既存研究の動向を整理し、帰国事業をめぐる概念的アプローチの有意性を検証した。第一に、「在日朝鮮人の内在的要因論」、「社会主義建設と対南戦略への壮大な動員論」、「日本政府・JRCの役割論」、「北朝鮮政府の対日人民外交の政治的過剰推進論」を比較考量し、帰国事業研究の到達点を検証した結果、既存研究は歴史学実証主義のアプローチによって発展を遂げてきたことが確認された。
 第二に、先行研究は「帰国事業の発端」をめぐる動きに関心を示し、研究史の中心的テーマが大規模化の「行為主体」に傾斜していた。就中、(1)帰国者の帰国願望が顕在化した契機、(2)集団的意思・組織化、(3)意思決定に影響を及ぼす情報の検証、また、民主主義体制と権威主義体制下での組織化の差異を包摂した概念的枠組の構築が必要であるとの論点が抽出された。
 第三に、帰国運動を展開した「主体の組織化」を分析する概念について考察した。1955年に創設された在日本朝鮮人総聯合会は、既存の左派系朝鮮人団体とは異なり、外部政権である北朝鮮政府の政治的・戦略的意図の下で管理・統制の対象となった経緯があるため、権威主義体制における組織化の議論を内包した被管理大衆団体(Administered Mass Organization)の概念的枠組が不可欠であった。また、帰国協力運動を推進した親北系日本人団体については、民族利益団体として日本世論を形成したことから民族ロビー(Ethnic Lobby)の概念を導入するであることが確認された。

『疑似環境』と政治:

北朝鮮帰国事業における総連と北朝鮮ロビーの役割を中心として

日本国際政治学会『国際政治』   第187号 pp.80-96   

2017年3月   [査読有り]

 政治は歴史をどう消費するのだろうか。本稿では、冷戦期北朝鮮帰国事業の事例を通じて、歴史認識をはじめとする市民社会の認識が世論や議会政治の場においてどのような役割を果たしたのか考察した。本研究では、大量帰国の背景にあたる1958年から1960年までの経緯を在日本朝鮮人総聯合会と「北朝鮮ロビー」という媒介者の役割に着目し、政治学の概念を援用しながら考察した。 

 研究の結果、第一に、北朝鮮の政策遂行の手段となった総連と北朝鮮ロビーの組織構造の変容が確認された。大量帰国が開始される一九五五年の時点までに、総連は北朝鮮の利益代弁機関として、また、北朝鮮ロビーは北朝鮮の対日外交を日本国内から支援するための組織となった。 

 第二に、「疑似環境」の概念を帰国問題に援用し、両アクターによる在日朝鮮人社会と日本世論に対する影響を省察した。その結果、歴史認識の共有化、祖国志向型ナショナリズム、経済的合理性という三つの疑似環境の相互作用によって帰国問題に関する社会的風潮が形成されたことが確認された。 

 第三に、データ・マイニング手法に基づきつつ、国会における疑似環境の影響を検証した。市民社会では疑似環境が浸透し、議会では帰国事業が倫理的・人道的な立場から正当なものとして認識され、北朝鮮の対南戦略等の戦略的な意図に関する議論が不十分な水準であった。 

 第四に、動員に対する需要が減退し、帰国者による情報流入が進むと、疑似環境と現実環境の情報懸隔が縮小し、北朝鮮ロビーの活動が多角化した結果、効果的な運動は推進されなくなった。 

 両アクターが在日朝鮮人社会と日本世論の疑似環境を効果的に生成した結果、市民社会及び議会の対朝鮮政策に影響を及ぼし、それが大量帰国を惹起した。本研究は国家が国外に存在する媒介者を介在させながら、歴史認識等の疑似環境を通じて、一時的であるにせよ他国の社会的風潮を支配し、それを根拠に議会に対して一定の影響を及ぼし得る点を示唆する。この意味から、今後、政治が歴史を消費する広範な事例検証が求められる。 

 「歴史認識問題」が一向に過去のものとならず、むしろ先鋭化の様相を呈する現今の東アジア国際関係を展望する際、政治が歴史を消費する広範な事例検証が我々に求められているのではないだろうか。 

冷戦期北朝鮮帰国事業の規模変容過程に関する分析 (韓国語)

ソウル大学校 社会科学大学 政治外交学科 博士論文   pp.1-250   2015年8月

 本研究の目的は、冷戦期在日朝鮮人北朝鮮帰国事業の規模変容過程を政治学の概念的枠組を援用して究明することにある。帰国者は高度経済成長期に入ろうとした日本での暮らしを棄て、北朝鮮に渡って行った。 本研究は規模変容の過程を究明するため、政治学で使用される被管理大衆団体(AMO: Administered Mass Organization)と民族ロビーの概念的枠組をもとに、日韓の現地調査で収集した一次資料を分析した。研究結果は次の通りである。

 第一に、北朝鮮の管理統制を通じた在日本朝鮮人総聯合会(総連)の帰国運動と北朝鮮ロビーの帰国協力運動が大量帰国を齎した。1950年代半ばから、北朝鮮は総連をAMO化させることによって在日朝鮮人社会に大衆動員社会構造を構築した。総連はマルクス・レーニン主義に基づく政治イデオロギーを浸透させ、社会全体の共有価値となる集団的利益を明確化させた。これは総連中央の指導力に理論的根拠を提供し、総連の傘下AMOを中央に集結させる効果があった。

 また、総連は帰国運動の情報伝達機能を向上させ、帰国者を拡大させる新たな装置として、居住地AMO、職業AMO単位で帰国者集団を組織化した。これにより、総連中央から帰国希望者に対して公式情報が伝達され、潜在的帰国者に統一行動を取らせることが出来るようになった。斯様な一連の措置は、在日朝鮮人に忠誠心を強要し、帰国問題に関する政府間交渉への圧力要因として事業計画の運用を円滑化させた。

 第二に、総連と北朝鮮ロビーは、在日朝鮮人社会とその周縁部に位置した言論空間に「疑似環境」を形成した。「愛国・社会・史観」という3つの規範の相互作用は、「祖国」という抽象的な存在を単一普遍の概念に昇華させた。また、北朝鮮による莫大な教育資金投入と質的な教育制度の拡充によって担保された民族教育政策は、「祖国志向型ナショナリズム」を刺激し、北朝鮮への期待値を実態以上に膨らませた。疑似環境は、日本の議会政治の場において説得の材料として多用され、親韓派議員や帰国反対派の談論を封じた。

 第三に、大量帰国の縮小期に、在日朝鮮人社会の勢力関係が相対的に縮小した。帰国問題に限定化されていた総連や北朝鮮ロビーによる帰国運動は政治化し、帰国推進派議員らによる議会活動は日韓反対運動へと収斂した。これとは対照的に、帰国事業が大規模化する過程で派閥対立を内包していた民団は、4.19革命を契機に派閥対立を解消し、従来の過剰な政治運動から脱却し、より穏健で民主的な政治システムに調和する社会運動へと路線変更した。

研究発表

2018年6月 科研費研究成果報告書

「政治学と歴史学の対話:冷戦期北朝鮮帰国事業の大規模化に関する政治学研究」

      

2018年1月10日 福山市立大学 重点研究中間発表会 

「冷戦期北朝鮮帰国事業におけるロビー活動の成果」

2016年3月 東アジア学会 第67回定例研究会

「冷戦期北朝鮮帰国事業におけるロビー活動の成果:国会議事録のデータ・マイニング分析を中心に」 [招待有り]

      

2011年1月 慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所 定例研究会

「日本の中の日韓・日朝関係:北朝鮮帰国運動の事例を中心に​」

      

 ​研究キーワード・Research Keywords

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