• Masanobu Matsuura

アフガニスタンの邦人保護問題(NEO:Non-combatant Evacuation Operations)

ブログ記事





どのようにして在アフガン邦人を安全に輸送・救出するのかが重要な政策争点に浮上していますが、なかなか進展がないようです。それはなぜでしょうか。今日はその問題の背景についてのお話です。


ちなみに、今年3月に「シノドス」(2021.03.22)に邦人保護をめぐる問題に関する拙稿が掲載されました。


また、台湾の新聞(中国語)に、邦人保護に関する私の論文が引用されました。ご関心のある方は、こちらもぜひどうぞ!



さて、現在問題になっているアフガニスタンの邦人保護問題についてです。安全保障研究の分野では、紛争・治安悪化・政情不安・自然災害等により、国外から自国の民間人を退避させる軍の活動のことを「非戦闘員退避活動」(Non-combatant Evacuation Operations, NEO)と呼びます。


現代のグローバル化された国際社会では、多くの人々が、当たり前のように、海外を行き交う時代。海外で紛争や自然災害に巻き込まれ、自力で国外退避出来ないケースが増えています。そこで各国政府は、自国民保護のためにNEOを行う訳です。


ところが、各国がNEOを実行すれば、そこには当然のように、外交・人道・軍事・経済領域等、広範囲に影響が及びます。このため、通常、多くの国家は、軍によるNEOを実施する前の段階で、できるだけ、民間の航空機・船舶を使用し、自国民の輸送を行います。外交的な摩擦を避け、最悪の事態である紛争当事国にならないよう行動する訳です。


この段階での退避では、自力退避・民間アセットを用いた輸送、領域国のインフラ利用を想定した外交交渉、2ヶ国間・多国間協力による退避等が想定されます。


ですが、ここでより深刻なケースは、警告・事前通告なしの奇襲作戦や国内情勢の急変によって紛争に発展した場合です。この場合、自力退避は勿論、民間アセットによる輸送・退避が困難であるだけでなく、退避の緊急性が高まるため、政府専用機や自衛隊の輸送手段による大規模な退避・保護活動が必要になる訳です。


現代の日本には、NEO実施のために、自衛隊法84条の3「在外邦人等の保護措置」と84条の4「在外邦人等の輸送」があります(参考文献)。


ただ、歴史を振り返ると、自国民保護問題は、幾度となく、戦争開始のための口実に利用されてきました。ですから、特に「在外邦人等の保護措置」の適用に際し、日本国が戦争の当事国にならないように、次のような厳格な3要件を設けています。



(1)保護措置を行う場所において、領域国の権限ある当局が、現に公共の安全と秩序の維持にあたっており、かつ、戦闘行為が行われていないこと

(2)当該領域国の同意があること

(3)予想される危険に対応して保護措置をできる限り円滑・安全に行うための自衛隊部隊等と領域国当局との連携・協力の確保が見込まれること



まず、要件(1)について考えてみましょう。


日本政府としても、米国が8月末までに、駐留米軍の完全撤収を計画し、さらにタリバンも米軍の駐留延長に強く反対していることを念頭に置くと、最悪の場合、9月以降も米軍が残留するとなれば、米国とタリバンによる軍事衝突に発展するリスクがあることを想定していたものと考えられます。


もちろん、日本政府が「一般的な戦闘行為」としてではなく「法的な意味での戦闘行為」とみなせば、NEO実施の要件(1)をクリアすることは可能ですが、かなり強引ですし現実的ではありません。


また、中国やロシアとは異なり、日米同盟を基軸に据える以上、日本がタリバンを正当な政府として認めることは、短期間で想定できません。そうしますと、結局84条の3「在外邦人保護」の要件(2)の事前同意の取得が困難になることが予想されます。また、米国が駐留しない限り、要件(3)が満たされないことは確実です。


これらの状況を踏まえれば、今回のケースでは、自衛隊法84条の4が適用されたのだと考えられます。


8月27日現在までに、タリバンは自国民の出国を禁じる方針を示し、治安状況がますます悪化しています。また、日本政府が想定する最大500人の退避希望者のうち邦人は少数で、大半は大使館などのアフガン人職員とその家族らで構成されており、搭乗希望者は自力で空港に入る必要があります。さらに、ISによる自爆テロが混乱に拍車をかけています。


これらの条件は、自衛隊による作戦を一層困難なものにするでしょうし、結局のところ、現在の自衛隊法「在外邦人等の輸送」では、米軍による陸路でのエスコートがなければ、実現不可能な状況です。米国に頼るしかないのが実状なのです。


では、アフガニスタンに残る邦人をどのように救出・輸送すればよいでしょうか。韓国は米軍の支援を取り付け空港まで「ミラクル・バス」を走らせたとの報道がありますが、タイムリミットが迫る中で、日本政府が想定する最大500人の退避希望者をすべて空港まで送り届けることは困難な状況です。


現在の日本のNEOに関する法制度で救出・輸送できないのであれば、最終的に、外交に頼る以外選択肢がないように思います。今後、タリバンへの多様な外交ルートを通じた地道な交渉が本格化するのではないでしょうか。


例えば、タリバンに影響力を持つ宗教指導者を通じた方法や、タリバンと友好的な関係を築いてる第三国・団体を通じた働きかけも一手です。また、タリバンによって邦人の出国が認められない事態等により問題が長期化すれば、新政権による建国後の人道上の支援や経済支援を約束する等し、邦人保護・輸送に協力を要請する局面等も想定されます(もちろん、これは米国・欧州から理解を得られればの話ですが)。


こうした外交ルートを通じたタリバンへの働きかけが、邦人や日本政府のために尽力した方々を救う道になるかもしれません。自衛隊の方々と共に、一刻も早く、帰国希望者が無事に帰還できることを祈るばかりです。



参考文献

自衛隊法

(在外邦人等の保護措置)

第八十四条の三 防衛大臣は、外務大臣から外国における緊急事態に際して生命又は身体に危害が加えられるおそれがある邦人の警護、救出その他の当該邦人の生命又は身体の保護のための措置(輸送を含む。以下「保護措置」という。)を行うことの依頼があつた場合において、外務大臣と協議し、次の各号のいずれにも該当すると認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、部隊等に当該保護措置を行わせることができる。 当該外国の領域の当該保護措置を行う場所において、当該外国の権限ある当局が現に公共の安全と秩序の維持に当たつており、かつ、戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。第九十五条の二第一項において同じ。)が行われることがないと認められること。  自衛隊が当該保護措置(武器の使用を含む。)を行うことについて、当該外国(国際連合の総会又は安全保障理事会の決議に従つて当該外国において施政を行う機関がある場合にあつては、当該機関)の同意があること。  予想される危険に対応して当該保護措置をできる限り円滑かつ安全に行うための部隊等と第一号に規定する当該外国の権限ある当局との間の連携及び協力が確保されると見込まれること。


(在外邦人等の輸送) 第八十四条の四 防衛大臣は、外務大臣から外国における災害、騒乱その他の緊急事態に際して生命又は身体の保護を要する邦人の輸送の依頼があつた場合において、当該輸送において予想される危険及びこれを避けるための方策について外務大臣と協議し、当該輸送を安全に実施することができると認めるときは、当該邦人の輸送を行うことができる。この場合において、防衛大臣は、外務大臣から当該緊急事態に際して生命若しくは身体の保護を要する外国人として同乗させることを依頼された者、当該外国との連絡調整その他の当該輸送の実施に伴い必要となる措置をとらせるため当該輸送の職務に従事する自衛官に同行させる必要があると認められる者又は当該邦人若しくは当該外国人の家族その他の関係者で当該邦人若しくは当該外国人に早期に面会させ、若しくは同行させることが適当であると認められる者を同乗させることができる。 2 前項の輸送は、第百条の五第二項の規定により保有する航空機により行うものとする。ただし、当該輸送に際して使用する空港施設の状況、当該輸送の対象となる邦人の数その他の事情によりこれによることが困難であると認められるときは、次に掲げる航空機又は船舶により行うことができる。 一 輸送の用に主として供するための航空機(第百条の五第二項の規定により保有するものを除く。) 二 前項の輸送に適する船舶 三 前号に掲げる船舶に搭載された回転翼航空機で第一号に掲げる航空機以外のもの(当該船舶と陸地との間の輸送に用いる場合におけるものに限る。) 3 第一項の輸送は、前項に規定する航空機又は船舶のほか、特に必要があると認められるときは、当該輸送に適する車両(当該輸送のために借り受けて使用するものを含む。第九十四条の六において同じ。)により行うことができる。


参考文献 e-gov

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=329AC0000000165







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